筆者は、10年前、『廃用身』という怖い作品でデビューし、現在、在宅医療クリニックで訪問診療に携わる現役医師。現場体験に基づく筆者の高齢者像は、「たいていは80歳半ばから、全身が猛烈な老化現象に攻め立てられ、起居に激痛、食事に誤嚥の危機、排せつに粗相の連続、目は疎く、耳は遠く、味覚・嗅覚も鈍麻し、もの忘れは激しく、あらゆる不定愁訴に悩まされ、若いころから喫煙していた人は息をするにも努力を要すという状態になる」と厳しい。
また、「終末期医療は困難な選択の連続」であり、「望ましい最期を迎えることは、よほど幸運に恵まれないとむずかしく、たいていは嘆き、苦しみ、悔みながら亡くなっていく」くらい思っておくほうが、現実を受け入れやすくなるという。
そして、「今の日本では、老いたら弱るという情報は絶滅危惧種」で、「老化に苦しむ高齢者」という矛盾に満ちた事態を引き起こしていると著者は憂える。
確かに80歳で世界最高峰登頂とか「スーパー高齢者」の話題が途切れることはなく、介護保険制度も「介護予防」や「改善効果がないサービスは切るべし」など、いつ死んだらいいのかわからない状況だ。
なぜ、こんなことになってしまったのか…。本書では“幻想”をキーワードに、「日本人の健康不安と医療好き」の弊害をわかりやすく解説する。
まず「薬は効くという幻想」。抗がん剤は延命効果が期待できるが、治るわけではない。点滴は脱水症状のときを除き、有害なこともある。医師が「効く」と言うのは「治る」という意味ではない。「のんでいなければ、もっと症状が進んだ」かも知れないということだ。サプリメントは「効果が実証されるなら、医薬品として厚労省の許可を得てみろ!」と憤る。
つぎに「名医幻想」。患者は病気を治してくれた医師を“名医”と信じるが、ランキング本も含めて客観的な根拠はない。おまけに医師には「自由標榜制度」といって、専門以外の看板をあげることが許されている。
また、多くの人たちが求める「診断幻想」。専門用語に弱い国民性かも知れないが、「本態性高血圧」とは「原因がわからない高血圧」という意味で、医師もさまざまな高圧剤を順に使ってみるのだという。
メタボ健診で知られる「特定健診・特定保健指導」の基準は、「異様なほど厳しい」。基準値が厳しければ、患者が増え、薬の使用量も増えるのだから、消費者サイドも事実を見極める目を持つ必要があると戒める。
そして、認知症の診断。2002年に149万人だったものが、10年で305万人と倍増したというが、「医学が進歩していい治療法が開発されれば、患者数は減るのが当たり前だろう」とみる。高齢者の10人にひとりが認知症というくらいありふれているなら、「認知症もまた自然な老化現象のひとつではないか」。そして、「認知症の介護は、あきらめることからスタート」するもので、治ることにこだわると明るい介護はできないという。
介護施設への“理想介護幻想”や病院への“絶対安全信仰”も粉砕し、もっと患者が賢くなることを願う一冊。
■書名:『医療幻想――「思い込み」が患者を殺す』
■目次:
第1章 薬は効くという幻想
第2章 名医幻想
第3章 診断幻想
第4章 厚労省が増進する幻想
第5章 高齢者の医療幻想
第6章 医師不足幻想
第7章 マスメディアが拡げる幻想
第8章 病院へ行けば安心という幻想
■著者:久坂部羊
■定価:798円(税込)
■仕様:新書判/224ページ
■発行:筑摩書房
◎筑摩書房
http://www.chikumashobo.co.jp/
(市民福祉情報オフィス・ハスカップ主宰 小竹雅子)