国際医療福祉大大学院は2019年4月、日本初のケアマネジメント学の修士課程「自立支援実践ケアマネジメント学コース」を開講しました。立ち上げた石山麗子教授は、厚生労働省の元介護支援専門官で、現場での実践と行政での経験、研究という3つの側面を踏まえたケアマネジメントの質の向上に取り組んでいます。今回、ケアマネジャーの仕事を続けながら通学する3人の学生と石山教授にお話を伺いました。前編と後編の2回に分けてお届けします。【聞き手・敦賀陽平】
<今回お話を伺った皆さん>
上段左から、鮫島寛大さん(修士1年)、渡辺容子さん(博士1年)
下段左から、大森七さん(博士1年)、石山麗子教授
■コロナが転機に 離島からオンライン受講
―皆さんは、なぜ大学院に進学しようと思ったんですか?
鮫島さん 私は、たまたま石山先生の講演を聞く機会があって、資料の中にあった大学院のパンフレットを見たことがきっかけです。ちょうど、何か資格を取ろうか考えていた頃でした。講演を聞いた後で“違和感”というか、何かが心に残ったんですよね、いい意味で。
―鮫島さんは、種子島からオンラインで受講しているそうですね。
鮫島さん オンラインで受講できる環境あったからこそ、大学院に進学することができました。コロナ禍になってから、本当にしんどい日々が続いていますが、私にとっては、大学院で学ぶ機会を得たという意味でプラスになりました。「離島だから」と諦めるのではなく、日本全国、世界中と繋がる時代になったんだから、これを生かさない手はないと思います。これは、声を大にして言いたいですね。
―渡辺さんと大森さんは、既に修士課程を修了し、現在は博士課程で学んでいますが、そもそも、修士課程に進学しようとした理由は何ですか。
渡辺さん ある日、1人で残業していた時に、たまたま新聞の募集記事を見たことがきっかけです。なぜだかわからないんですけど、吸い寄せられるように「行ってみよう」と思って、それで応募しました。
私は介護保険が始まって以来、ずっとケアマネジャーをやっていますけど、やっぱり20年以上が経って、制度が開始当初と変わってきている気がしていて、何をよりどころに仕事をすればいいのか、段々わからなくなってきていました。
例えば、自立支援にしても、さまざまな考え方があります。「介護保険を使わなければ自立だ」と言う人もいれば、「介護度が軽くなれば自立だ」と言う人もいます。それから地域包括ケアにしても、自助、互助、公助、共助とさまざまな考え方がある中で、どのように実現していけば良いのか。日々、疑問を抱えながら仕事をしていました。大学院で学ぶことで自分なりの方向性を決めたかったというか、いろいろと考える機会を得たいという思いがありました。
■経験を重ねてから抱える“もやもや”
大森さん きっかけは、今勤めている会社の社長です。学生募集のパンフレットを持ってきて、「こういうところがあるから、どう?」と言われて、それで大学院の存在を知りました。ただ、その段階では、まだ進学する気持ちはありませんでした。それから2カ月ぐらい経ってから、なんとなく気になって、もう一度、そのパンフレットを手に取ったんです。
―鮫島さんの言う、いい意味での“違和感”ですね。
大森さん 何かが引っかかったんです。私は基礎資格が歯科衛生士で、歯科の業界で働いてからケアマネジャーになったんですけど、実はちょうどその頃、歯科衛生士に戻ろうと思っていたんです。子供の成長や年齢的なことも考えて。ケアマネジャーとして続けていくには、「何かが足りない」と考えていたこともあって、おそらくひかれたんだと思います。その足りない部分をどうにかしないと、モチベーションも続かないですし、「こんな中途半端な気持ちでやっていてはいけないんじゃないか」と悩んでいましたから。
願書を出す前に先生に面談をしていただいて、1時間半ぐらいお話をした後で、「入学しよう」と決めました。先生とお話をしている最中、今までの“もやもや”が晴れて、気持ちが楽になったんですよね。先生から「もっと学びたい」というのが一番の動機だったんだと思います。
鮫島さん 長くケアマネをやっていると、みんな、“もやもや”したものを抱えていると思うんですよね。少なくとも、ここにいる3人は。働く場所も基礎資格も違うのに、同じ“もやもや”を持っている。さっき大森さんが、「先生と話している最中に、“もやもや”が晴れた」と言ったんですけど、先生から講義を受けている時もそう感じます。もやもやの形がきれいに見えてくるというか。学生同士の会話でそう感じることもあります。
渡辺さん 大学院で学んでから感じたことなんですが、私達は知らぬ間に、介護保険制度ができた経緯とか、その理念である「尊厳の保持」や「自立支援」といった部分をおろそかにしてきている気がします。「報酬が減算になるから」とか、「実地指導入るから」とか、技術的な部分に偏ってしまって、もともとの理念や倫理といったものを忘れてしまっているのではないでしょうか。日々の仕事の「軸」というんですかね。ちょっと大きなことを言ってしまいましたが、そういう気持ちはすごくあります。
鮫島さん 本当は、法定研修がそのことを学ぶ機会であるべきだと思うんです。例えば、主任ケアマネの更新の時に、介護保険の大本を見詰め直してみるとか。
減算ってたぶん、理念を失いそうになるから減算だと思うんですよ。尊厳の保持が失われそうだったり、自立支援が損なわれそうになったりしているからこそ、罰則が設けられている。大学院で学んでから、それって、譲ってはいけない専門職のプライドだと思うようになりました。渡辺さんがおっしゃった、まさに「軸」だと思います。
大森さん 本当に、お二人の言う通りだと思います。経験を積めば積むほど、自分のケアマネジメントに自信がなくなってきて、「この支援で良かったんだろうか」という悩みが常に付きまとう。でも、これって消えないんですよね、ケアマネの仕事をしている限り。
ただ、「この支援で良かったんだろうか」というのと、「自分のケアマネジメントはこれでいいんだろうか」というのは全く別で、ケアマネジメントの根っこの部分には、尊厳の保持と自立支援が必ずあるはずなんです。
私はそれをあまり考えてきませんでした。「減算になるから気を付けよう」とか、本当にそこだけですよね。介護保険の根っこの部分を学べていなかったから、もやもやの原因が見えていなかったんですね。大学院に入ってから、そのことに気が付きました。まだまだたどり着けていない境地ですが、それを知ることができたのは、すごく幸せだと思っています。
■理念を再確認、「文句言わなくなった」
―根っこの部分を学び直したことで、お仕事との向き合い方も変わりましたか。
鮫島さん 判断する時の根拠がしっかりして、自信が生まれたというのはあるかもしません。もちろん、ケアプランに正解はなくて、いろんな人がいろんな視点でやっていくんでしょうけれども、根元に同じものがあるというのは、すごく大事だと思っています。
介護保険の根っこの部分をわかっているというのは本当に大事なことで、3人共同じことを言っているというのは、教科書に書いているからではないんです。それぞれが介護保険の成り立ちを調べて、学んで、考え尽くした結果なんだと思います。
渡辺さん 大学院に入る前は、「こんなに忙しい中で言われたって、対応できないよね」とか、「いろいろ言ってくるけど、面倒くさいわ」とか、そういう意識だったんですけど、勉強すると、そういうことを言わなくなりますよね。「必要だからそうなっているんだ」「ただ文句を言うんじゃなくて、何をすべきか考えよう」と、前向きに捉えるようになったというか、考え方が変わっていきました。
職場にケアマネが6人いるんですけど、それぞれの欠けているところが、ちょっとだけ見えるようになった気がします。「ちゃんとケアマネ的に解決しているか」「利用者さんの意見や意思を尊重しているか」「自分の思いを押し付けていないか」とか、そういった視点で考えられるようになったのが、大学院で学んだ一つの成果だと思います。
私が分かる範囲内ですけど、適切なケアマネジメントに関する勉強会を始めたり、学んだことを皆さんになるべくバックするような形で生かせればと思っています。
大森さん 入学前、石山先生から「大学院で学ぶと視野が広がって、多角的に考えられるようになる」と伺って、その時はただ、「そうなんだ」だったのが、今は「それって、こういう意味なのかな?」と思えるようになりました。
渡辺さんの「文句を言わなくなった」という言葉は、すごくよくわかります。介護保険の根っこの部分を学んだことで、「文句を言うことではない」という意識に変わったんだと思います。物事の見方や捉え方が根本的に変わったのでしょう。ただ、まだ自分の中だけで、それを同僚のケアマネや周りの人たちのために生かすというところまでは、正直たどり着けていません。
―渡辺さんと森さんは「文句を言わなくなった」とおっしゃいましたが、鮫島さんはいかがですか。
鮫島さん 文句というか、例えば、「なんでこれを残しておかないといけないの?」と思うことはよくありました。以前は「法に書いているから、文句を言っても仕方ないよね」と、結構ドライに片付けていたんですけど、今は「必要だから残さないといけない」というように、理解の仕方が変わってきたのかなと思います。