来年春の介護報酬改定にあわせて、居宅介護支援の逓減制が、条件付きで緩和される見通しとなった。報酬の減額を受けずに担当できる件数が増えるだけに、苦しい経営を強いられる居宅介護支援事業所にとっても前向きな改正に見える。だが、医療経済研究機構主席研究員で、東京都介護支援専門員研究協議会理事なども務める服部真治氏は「せっかくの制度改正も、このままでは空振りに終わってしまうのではないか」と指摘する。服部氏に現場のケアマネにとっての逓減制緩和の意義などについて聞いた。(聞き手 ただ正芳)
―一定の要件を満たした場合、逓減制が45人まで緩和される方針が、ほぼ固まりました。苦しい経営を強いられている居宅介護支援事業所にとっては、かなり「いい話」のように思えます。
果たしてそうでしょうか。この緩和で、苦しい経営を強いられている居宅介護支援の経営が楽になるかというと、そうではないように思います。
―なぜでしょうか。
緩和された上限を活用して担当件数を増やそうとするケアマネは、あまりいないと考えられるからです。
その点は、厚労省が社会保障審議会介護給付費分科会に示したデータからも読み取れます。データでは、1人あたり利用者数が30人にすら満たない事業所が約半数を占めていました。
つまり、まだ枠を十分に残しているケアマネが半数なのです。当然のことですが、その阻害要因を取り除かない限り、45人もの利用者を担当できるようにはなりません。
■ICT導入や事務員配置では解決しない課題
―今回の緩和の要件は、ICTの導入や事務職員の配置です。こうした工夫があれば、担当件数を増やせるとも思うのですが。
はい、有効な事務負担軽減の方法ですし、推進すべきだと思います。しかし、それでも、担当件数を大幅に増やせるほどの負担軽減になるとは思えません。
これも、厚労省が介護給付費分科会に示したデータですが、ICT導入の有無別、事務職員の有無別の利用者数の差は約3名です。n数が少ないために参考値ということですが、仮に利用者3名分の負担軽減効果があるとしても、先ほどの1人あたり担当利用者数のデータから考えれば、大半の居宅介護支援事業所は40名を超えるまでには至らないでしょう。
一方、ケアマネにはケアマネジメント業務以外にやむを得ず行っている業務があることも示されています。特に多いのは「市町村独自サービスへの代理申請」や「入院時の付き添い」「介護や環境支援にはつながらない相談」ですが、これらの負担はICTや事務員の配置では解決できるものではありません。
―その上、国は、インフォーマルサービスを含めた生活全般を支えるようなサービスの活用をケアマネに推奨しようとしています。実際、特定事業所加算にそうした要件が加えられるようです。
その推奨は生活全般を支えるケアマネジメントが、必ずしもされていないという現実に即したものです。特定事業所加算の要件にすることが適切かどうかはともかく、私もかねてから制度的な対応の必要性を指摘していました。
しかし、生活全般を支えるケアマネジメントは、発想の転換すら求められるもので、そう簡単なことではありません。現状と比較すれば、業務負担の増要因になります。そのような環境で、逓減制の上限が緩和されたからといって、担当件数を増やすことができるケアマネがどのくらいいるでしょうか。
結局、上限だけ上がり、ほとんど適用されないことになりはしないか。少し強い言葉を使えば、せっかくの制度改正が空振りに終わってしまうのではないか―。今回の逓減制の緩和については、そのような懸念を持っています。
■より有効な施策とするための工夫は?
―逓減制の緩和を真に有効なものとするには、どんな工夫が必要でしょうか。
なにより、ケアマネがケアマネジメントに専念できる環境を整えることでしょう。やらなくてもいいとされる業務で忙殺されているなら、その対応が必要です。
具体的には、成年後見制度をより充実させたり、ヘルパーが提供できない多様な生活支援にも対応できるよう、保険者、生活支援コーディネーターが総合事業を活用したサービスや支援などを充実させたりといったことが考えられます。現場でよく伺う指導監査のための文書作成負担の軽減も、文書量削減の中でしっかり検討すべきです。
そうした環境が整えば、現場のケアマネからも「もっとたくさんの利用者を担当できるようにしてほしい」との声が上げるようになるでしょう。
―逓減制については、ケアマネの職能団体も積極的に要望していましたが。
地域性があるのかもしれません。東京都介護支援専門員研究協議会では、それを求める声を聞いたことがなかったようで、現状の人員基準のままでの基本単価の増額を要望していました。少なくとも、ケアマネの総意とは言い難いと思います。
あるいは、事業所の規模によるのかもしれません。ICTの導入や事務職員の配置は必要なことですが、それが可能な規模の大きな事業所の中には、40件を超えられる事業所もあるでしょう。
■大規模事業所だけが恩恵に預かる可能性も
―規模が大きい事業所だけが恩恵にあずかる、ということですね。
ケアマネ(常勤換算人数)が3人未満の事業所は全体に比べて1人あたり利用者数が30人未満の事業所が多い傾向にある、というデータも示されていましたね。結果として、居宅介護支援事業所の大規模化が促進されるかもしれません。そして、それこそが狙いなのかもしれません。
事業所の大規模化については、経営効率だけでなく、研修参加、休暇取得などの面からも促進されるべきことでしょう。ただし、その結果として、規模が小さな事業所に所属しているケアマネが次々と辞めていくような事態を招いてしまっては、大変な問題です。
―現状の緩和は、そうした問題を引き起こす可能性があるということでしょうか。
ないとはいえません。ある事業所の1人あたり利用者数が増えれば、一方で、別の事業所ではその分の利用者数が減るのですから。そうした事態を防ぐためにも、規模が小さな居宅介護支援事業所同士がアライアンスを組みやすい仕組みも、併せて導入されるべきと思います。
服部真治(はっとり・しんじ)千葉大学大学院医学薬学府博士課程修了(博士:医学)。1996年4月、八王子市役所に入庁し、介護保険課主査や高齢者いきいき課課長補佐などを歴任。14年4月から2年間、厚生労働省老健局総務課・介護保険計画課・振興課併任課長補佐として、総合事業のガイドラインの作成などを担当した。16年4月 医療経済研究機構に入職。公益財団法人さわやか福祉財団研究エグゼクティブアドバイザーの他、放送大学客員教授などを兼任している。
著書に「入門 介護予防ケアマネジメント~新しい総合事業対応版~」(ぎょうせい、16年)や「地域でつくる! 介護予防ケアマネジメントと通所型サービスC-生駒市の実践から学ぶ総合事業の組み立て方-」(社会保険研究所,17年)など