小規模多機能型居宅介護といえば、「通い」と「訪問」に「泊まり」も加えたケアで在宅生活を支える、地域密着型サービス。最大でも登録できる人数は25名。通いは15名、泊まりであれば9名が限度である。まさに地域の小規模な在宅介護支援拠点なのだが、小さいながらも驚くほど充実した設備を備えた事業所が、6月1日、神奈川県川崎市に移転オープンした。小規模多機能型居宅介護「ひつじ雲」である。
■よりよいケアを提供するために移転
小規模機能型居宅介護(以下、小規模多機能)「ひつじ雲」は、当初、民家を改造したスペースで運営していた。開所は2006年。川崎市で2番目にオープンした小規模多機能である。民家は高齢者にとってはなじみやすい「居場所」だが、介護事業所としては必ずしも使い勝手がいいわけではない。今回、「ひつじ雲」が民家の使用契約満了の時期を迎え、徒歩5分ほどのビル1階に移転したのは、よりよいケアを提供できる場を求めてのことだった。
要介護5の利用者もイスで座って過ごす「ひつじ雲」では、移乗などの介助が多い。しかし、「こぢんまりとした民家では移乗介助のスペースを十分に確保できず、入浴の介助などにもとても苦労していた」と、「ひつじ雲」を運営する特定非営利活動法人 楽・理事長の柴田範子氏。特に、女性に比べて身体が大きく背も高い男性職員たちが、天井が低く狭い民家で動きにくそうに介護していることも、柴田氏は気になっていたという。
高齢者にとって慣れ親しんだ場所から移るのは、心身共に負担になる。しかし、それを十分承知の上で、柴田氏は移転を決意した。長い目で見れば、その方がよりよいケアを提供できると考えたからだ。「ご利用者にはご自分の持っている力を最大限発揮していただきたい。職員には楽な姿勢でご利用者の持つ力を引き出してほしい。新しい事業所では、そのために様々な工夫を凝らした」と柴田氏は言う。
■大規模施設並みの充実した設備
工夫したのは、まず床。ふわふわと弾力性のあるクッションフロアを採用した。これなら、万一転んでも衝撃が少ない。次に洗面台。台右下のレバーをつかんで台を動かせば高さが15cm上下する機器を導入した。座高の高低、車イスか普通のイスかなど、それぞれの使いやすい高さに容易に変えられることから、介助なしでの洗面が可能になる人もいるだろう。洗面台上の壁の鏡には特注の扉を付け、普段は扉を閉じて見えないようにした。これは柴田氏が考えた、認知症の人が鏡に移った自分の姿を見て混乱するのを避けるための工夫である。
そしてトイレ。右手の手すり下のレバーをつかむことによって座面の後部がせり上がり、自力での立ち上がりをサポートしてくれる機器を設置した。レバーの操作が難しい人のために、介助者が操作するためのリモコンも付いている。また、壁面には折りたたみ式のバーを取り付けた。このバーを倒して両腕を乗せてもたれると前傾姿勢を支えることができ、腹圧をかけやすくなる。これで排便がスムーズになるというわけだ。
風呂はリフト付きの1人用の浴槽を採用した。リフト付きといっても、ふたを閉めてリフトを格納すれば普通の浴槽と変わりない。介護浴槽とは感じさせない作りだ。このリフトは、付属のシャワーキャリーのイス部分とジョイントさせると、イス部分だけが切り離され、そのまま浴槽につかることができる作りになっている。これにより、最重度の利用者も、職員の負担を少なくして安心・安全に入浴させることができる。また、キッチンは洗い場が2つ並ぶ2ボールタイプを特注。広い調理台も設置して、職員と利用者が一緒に調理できるようにした。このように新しい「ひつじ雲」には、大規模施設並みの充実した機器が導入されているのである。
リフト付きの浴槽を採用した「風呂」 サポート機能が充実した「トイレ」
■多機能を追求するための一つの回答
小規模多機能には、要介護者の在宅生活を維持するための様々なサポートが求められている。それは柴田氏によれば、通い=デイサービス、訪問=訪問介護、泊まり=ショートステイという、既存のサービス分類を当てはめて提供するべきものではない。各利用者の個々の事情に応じて提供されるべき、フレキシブルなサポートなのである。
利用者から求められる様々なサポートをフレキシブルに提供していくには、職員に懐の深い対応力が求められる。ヒューマンスキルを生かした懐深い対応は、職員の心身に余裕があってこそ可能になる。高性能の福祉機器を導入すれば、職員は身体的負担が軽減される。そしてその分、ヒューマンスキルの充実と発揮により注力できるようになるはずだ。今回、移転して開所した新しい「ひつじ雲」は、利用者からの様々な要望にいかに応えていくかを追求する小規模多機能が示した、一つの回答だと言えるのではないだろうか。
◎特定非営利活動法人 楽
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