
先日、訪ねた老人保健施設の食堂で、不思議なベンチを目撃しました。
普通は、イスの座面の高さとテーブルの高さの調和がとれていないと食べにくいですが、その老健ではテーブルの高さは普通ですが、ベンチの座面が極端に高いのです。一見、食べにくそうに見えるのですが、説明を聞いて納得!
人間は、両足を引いて前傾姿勢をとることで、イスに座った状態から立ち上がることができます。また、前傾姿勢になればのどもまっすぐになります。つまり、座面を高くすることで自然に前傾姿勢になるため、それが立ち上がりのサポートになり、さらにのどがまっすぐになるため嚥下機能が高まるというわけです。高い座面は、実に人間の体のメカニズムに合っていることがわかりました。
嚥下機能が低下して口から食べられなくなると、経鼻経管栄養になったり胃ろうをつくったりという処置をすることになりますが、医師でもある施設長は、座る姿勢を整えれば口から食べられるようになるといいます。そして、こんな事例を紹介してくれました。
Aさんは3年前に脳卒中を起こし寝たきりになり、1年以上前に嚥下障害と診断され経鼻経管栄養になりました。立つ、歩く、座るといった基本動作はもちろん、口から食べるといった日常生活動作もできない状態で入所してきたそうです。
ところが、例のベンチに座り姿勢を正して食べてもらったところ飲み込めたため、入所したその日にチューブを外すことができたというのです。嚥下できるにも関わらず経鼻経管栄養になっていたAさんは、3年もの間、不適切な医療によって動作が制限されてしまっていたわけです。これは「生きる」ことを奪われていたとさえ言えるでしょう。
たかがイスと侮るなかれ。もし嚥下機能の低下が見られる方がいたら、座面を高くして様子を見てみてはいかがでしょうか。




