市民福祉情報オフィス・ハスカップは、4月2日、介護保険の認定者の「サービスを利用する権利」について、衆議院厚生労働委員会の委員に要望書を提出した。
市民福祉情報オフィス・ハスカップは、CMOに社会保障審議会レポートを寄稿している小竹雅子氏が主催する市民団体。2003年から介護保険についてのセミナーや、電話相談の実施、社会保障審議会(介護保険部会、介護給付費分科会など)の動向についてメーリングリストで発信、などの活動を続けている。
要望書の内容を以下に紹介する。
「地域における医療及び介護の総合的な確保を推進するための関係法律の整備等に関する法律案」の国会審議がスタートしましたが、介護保険法の改正案には、制度が約束した被保険者の権利を損ないかねない提案があります。
改正案の内容は、社会保障制度改革国民会議報告書、プログラム法にもとづくものですが、消費税の引きあげ分は社会保障制度の維持・充実にすべて投入すると約束しながら、被保険者のサービスを利用する権利(受給権)をないがしろにすることは、あいつぐ改定によって広がっている制度への不信をさらに大きくするものです。
介護保険法の改正案の審議では、被保険者の権利を守ってくださいますよう、お願いいたします。
介護保険制度がはじまったとき、サービスを利用する基準として導入された介護認定は、要支援と要介護1~5の6段階でした。
2005(平成17)年の改正では、要支援(要支援1・2)と要介護(要介護1~5)にわけられ、7段階になりました。サービス(給付)は、介護予防サービス(予防給付)と介護サービス(介護給付)にわかれました。
当時、国会では、要支援認定者が介護予防サービス(予防給付)に移ることで、特にホームヘルプ・サービスの利用が減らされるのではないかとの懸念ありましたが、厚生労働大臣は「これまで通り、利用することができます」と答弁しました。
しかし、翌年、2006(平成18)年度の介護報酬の改定によって、介護予防ホームヘルプ・サービスと介護予防デイサービスのサービス料金(介護報酬)は、それまでの時間単位の積み上げ式から、月極めの定額料金(包括報酬)になりました。
厚生労働省は「必要な場合には、ケアプランに応じて、何回でも利用できます」と説明しましたが、月額料金が低く設定されたため、必要に応じてではなく、週1回程度の利用が一般的になりました。
電話相談では、サービスを利用する高齢者から「状態は変わらないのにサービスが減らされた」、「認定を受けたのに、サービスを利用することができない」という訴えが相次ぎました。
なお、要支援は約140万人で、認定者の4分の1を占めていますが、給付費は6%しか利用していません。
介護予防サービスは、効率的に高齢者の在宅生活を支えているともいえます。
2005(平成17)年の介護保険法改正では、市区町村が実施する「地域支援事業」とともに、介護認定で非該当(自立)、つまり介護保険のサービスは必要ないと判定された人を対象とする「介護予防事業」が新設されました。サービスが必要と判定された人だけでなく、不要とされた人にも介護保険が支払われることになりました。
「介護予防事業」には、元気高齢者を対象とする1次予防事業(旧・一般高齢者施策)、介護が必要と判定される恐れがある高齢者を対象とする2次予防事業(旧・特定高齢者施策)があります。2011(平成23)年度は、1次予防事業に164億円、2次予防事業に276億円、合計430億円が支払われています。
しかし、2次予防事業は、高齢者人口の5%が目標ですが、事業創設から6年後の2011(平成23)年度、参加者は約23万人で、高齢者の1%という目標未達成事業です。
2011(平成23)年の介護保険法改正では、地域支援事業に「介護予防・日常生活支援総合事業」が新設され、市区町村の判断で、要支援認定の高齢者を介護予防サービスから移すことができるとされました。
ただし、この事業に移るかどうかについては、「利用者本人の意向を最大限尊重する」という附帯決議がつきました。現在、「介護予防・日常生活支援総合事業」は27市区町村が実施し、利用者はわずか678人です。
介護予防事業、介護予防・日常生活支援総合事業について、国会で検証してください!
今回の介護保険法改正案では、「介護予防事業」(2次予防事業)と「介護予防・日常生活支援総合事業」の再編が提案されています。再編を議論する前に、2006年度から8年間にわたって実施されてきた「介護予防事業」、とくに2次予防事業について検証をしてください。
改正案は、要支援認定(要支援1・2)の介護予防ホームヘルプ・サービス(介護予防訪問介護)と介護予防デイサービス(介護予防通所介護)を、市区町村が実施する地域支援事業に移行するとしています。行き先は、「新しい総合事業」です。
「新しい総合事業」とは、人気のない「介護予防事業」の2次予防事業と、需要の少ない「介護予防・日常生活支援総合事業」を再編したものです。
要支援で利用できる介護予防サービス(予防給付)は、16種類あるにもかかわらず、介護予防ホームヘルプ・サービス(介護予防訪問介護)と介護予防デイサービス(介護予防通所介護)のふたつだけを、市区町村事業に移すことが提案されています。
現在、介護予防ホームヘルプ・サービス(介護予防訪問介護)の利用者は約49万人、介護予防デイサービス(介護予防通所介護)は約46万人で、もっとも需要の大きい介護予防サービスです。要支援の高齢者のほとんどは、自宅など住み慣れた地域で暮らしています。
在宅生活を支える中心サービスをなぜ、給付からはずすのか、はっきりした理由は示されていません。
厚生労働省は、社会保障審議会介護保険部会で、現行のサービス(給付)は「全国一律」だが、地域支援事業に移せば「柔軟で多様なサービス」が提供されると説明しました。
「全国一律」でなく、「柔軟で多様なサービス」が被保険者にとってよいものなら、すべてのサービス(給付)の移行を提案すべきではないでしょうか。
厚生労働省はまた、介護予防サービス(予防給付)から市区町村事業(地域支援事業)に移すとともに、財源も保険者である市区町村に委譲するので、「サービスが減ることはない」とも説明しています。しかし、介護予防サービスの伸び率から後期高齢者の伸び率に計算を変えるというのですから、単純計算でも2%の削減になります。予防給付の市区町村事業化は、「柔軟で多様なサービス」をめざすのではなく、財源の節約にあります。
しかし、2006(平成18)年度の改正に続き、今回もホームヘルプ・サービスとデイサービスの利用が減らされる場合、要支援の利用者の不安が広がるだけでなく、働く介護者の「別居介護」もまた、あやうくなります。そして、改正案には、市区町村が実施する地域支援事業に、「認知症施策」や「医療・介護連携」などさまざまな新メニューが盛り込まれています。
要支援の介護予防ホームヘルプ・サービスと介護予防デイサービスの財源が市区町村の地域支援事業に移る場合、移行した財源は、地域支援事業全体で使うのか、要支援認定者が移行する「新しい総合事業」のみに使うのかによっても、給付抑制の規模と要支援の人へのサービス量が変わります。
ぜひ、移行財源の使途についても確認してください。
厚生労働省は、介護予防ホームヘルプ・サービスと介護予防デイサービスを地域支援事業に移した場合、サービス提供主体は、これまでの「全国一律」の人員・運営基準のある指定事業所である必要はなく、市区町村判断で既存の指定事業所のほか、NPO、住民ボランティアなど「多様な担い手」を任意で指定できるとしています。
「多様な担い手」とは聞こえのよい表現ですが、介護保険の指定事業所には、サービスを提供する責任のほか、介護事故の責任、あるいは事業が中断する場合はほかの事業所を紹介する義務など、利用者を守るための規定があります。「多様な担い手」は利用者に対して、指定事業所と同じレベルの責任を負うのでしょうか。
介護現場で働くホームヘルパーやケアマネジャーからは、守秘義務が守られるかどうか、利用者のなかでも精神障害や認知症など専門性が要求される人への対応についても、懸念が示されています。
要支援の介護予防ホームヘルプ・サービスと介護予防デイサービスを、市区町村の地域支援事業に移し、「多様な担い手」による事業提供にゆだねていいのかどうか、根拠はありません。
なぜなら、介護保険制度がはじまって以来、在宅高齢者の実態調査は一度も行われたことがないからです。現行の介護認定は、「高齢者介護実態調査」にもとづいて、判定の基準が作られています。
「高齢者介護実態調査」の対象は、特別養護老人ホームなど介護施設60事業所です。介護認定の基準は、わずか3,500人あまりの施設に暮らす高齢者に、介護職員が提供する「介護の手間にかかる時間」をもとに、設計されているのです。
これまで、在宅の高齢者、同居家族の「介護の手間にかかる時間」は調査されたことはなく、また、認知症の高齢者の調査も行われていません。
昨年の通常国会では、在宅の高齢者の調査を行わない理由について、「在宅介護の状況は家族の状況等により様々であり、多様な在宅介護の状態に係るデータに基づいた標準的な要介護認定等の仕組みを構築できるかどうか疑問がある」という総理大臣の答弁(衆議院第183回常会提出答弁第5号)がありました。
しかし、介護保険制度の適正な見直しを行うには、介護を必要とする高齢者の実態調査にもとづく、根拠のある審議が必要です。
ぜひ、認知症も含めた在宅の高齢者の実態調査を実施してください。
以上
2014年4月2日
市民福祉情報オフィス・ハスカップ主宰 小竹雅子
◎市民福祉情報オフィス・ハスカップ
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