東京大学は、12月5日、 大学院薬学系研究科金井求教授、相馬洋平特任研究員(グループリーダー)、谷口敦彦特任研究員らの研究グループが、アルツハイマー病の発症に関与するとされるアミロイドβペプチド(Aβ)のみを選択的に酸化する光触媒を開発し、Aβの凝集性および神経毒性を抑えることに成功したと発表した。
アルツハイマー病の発症には、Aβの凝集体による神経毒性が関与していると考えられており、Aβを標的とした治療法の開発が盛んに進められてきた。しかし、アルツハイマー病はいまだ根治に至っておらず、病気の克服には新しい治療法の開発が望まれている。
同研究グループは、Aβそのものを変化させることで神経毒性が抑えられるのではないかと考え、光に反応するビタミンB2とペプチドを結合させた新たな光触媒を開発。この光触媒によってAβを選択的に酸化することに成功し、酸化されたAβは顕著に低い凝集性および神経毒性を示すことが明らかになった。
今後、生体応用に向けて本成果で得られた触媒をさらに改良できれば、Aβを標的とするアルツハイマー病の新たな治療戦略につながることが期待されるという。
■研究の背景と経緯
日本におけるアルツハイマー病の患者数は、発症前の予備軍も含めると800万人を超える。これまでの研究から、アルツハイマー病患者の脳には、老人斑と呼ばれるたんぱく質の沈着が認められ、この主成分は40個程度のアミノ酸から成るアミロイドβペプチド(Aβ)であることが知られている。この老人斑が形成される過程で生じるAβの凝集体が神経細胞を傷付ける(神経毒性を示す)ことで、アルツハイマー病が発症・進行すると考えられているため、Aβの凝集を阻害する薬剤の開発が進められている。しかし、現在のところ研究開発は一進一退で、有望な治療薬は見つかっていない。そのような中で、同研究グループでは、化学的にAβそのものを変化させることによってAβを無毒化できれば、有望なアルツハイマー病の治療戦略になり得るのではないかと考え、研究を進めてきた。
■研究の内容
研究グループは、Aβそのものを変化させる反応の1つとしてAβの酸化に着目し、酸化を引き起こす化合物を検索した。その結果、生体内の酸化還元反応に関与しているビタミンB2(リボフラビン)とAβの混合液に可視光を照射することで、生体内に近い環境(酸素下、中性な液体下、かつ37度)において、Aβが酸化されることが分かった。この酸化反応は、光によってビタミンB2の電子が励起し、溶液中の酸素がAβのアミノ酸に結合することで起こっていると考えられる。そのため、ビタミンB2は光を照射することで酸化反応を起こす光触媒と言える。
しかし、ビタミンB2は光を照射するとさまざまな生体分子を酸化してしまうため、治療戦略としての展開を見据えると、生体内のほかのたんぱく質などに作用することなく、選択的にAβの酸化を行う触媒が必要となる。その実現のために、研究グループではAβを選択的に認識できる「タグ」機能を持つペプチドとビタミンB2の複合体(光触媒)の開発に成功した。この光触媒は、Aβを認識する部位と酸化を起こす部位で構成されており、触媒をAβに近づけることでAβを選択的に酸化できる。
また、この光触媒を用いて酸化されたAβは、Aβの凝集体の一種である線維が観測されなかった。このことにより、Aβそのものが酸化することで、Aβの凝集が阻害されていると考えられる。さらに、神経細胞存在下でAβ選択的な酸化反応が進行し、細胞毒性が軽減することも明らかとなった。以上により、この光触媒は化学的にAβを酸化させることで、Aβの凝集を阻害し、かつ毒性を抑えることが示された。
■今後の展開
今後、より現実的な治療法へと展開するために、実際の動物生体内でAβの凝集を阻害できるかを明らかにすることを目指す。具体的には、可視光の中でもよりエネルギーの小さい光(長波長の光)で酸化を起こす光触媒の開発などを進めていく。また、今回の研究成果のように、触媒反応によって生体内の分子の性質を変えることで、疾患原因分子の病態機能を変えることができれば、新たな疾患の治療法にもつながると期待される。
◎東京大学
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