小学館は、若い介護士を主人公にした小説、『薔薇とビスケット』を発行した。この作品は、昨年の小学館文庫小説賞受賞作、『ガラシャ夫人のお手玉』を一部改稿し、単行本として出版したもの。著者、62歳のデビュー作だ。
25才の介護福祉士、竜崎徹は都内にある特別養護老人ホーム『安養ホーム』に就職して5年目を迎えた。お盆の夜、危篤になった入所者の部屋で遺影用の写真を捜しているうちに、昭和13年の東京にタイムスリップしてしまう。新橋の芸者置屋『桜屋』に出現した徹は、寝たきりの主人の命を救った縁で、主人のお抱え世話人として住み込むことになる。そこで出会う美しい芸者、千菊こそが、危篤状態にある入所者だと気づく。徹は、このほかにも様々な人々と出会うことになるが、その中にもどこか見覚えのある人物がいることに気付くのだった・・・。
執筆のきっかけは自身の病気と東日本大震災だったという。現実そのものになった老いや死を言葉にしたいと、すがる思いで物語をつづった。著者が「タイムスリップ」という手法を使ったのも、徹が担当する入所者が起こしている“問題行動”が、実は本人の過去の経験とかかわりがあることを、主人公や読者にはっきり伝えるためには必要だったという。
何よりも魅力的なのが、介護の描写を通じて見えてくる、入所者たちの人生の奥深さだ。入所者の過去を知ったことで、徹の仕事への向き合い方も微妙に変化する。
そして、結末では、人生への肯定感をどこかしら感じさせてくれる。読後感爽やかな作品だ。
■書名:『薔薇とビスケット』
■目次:
第一章 まっすぐな道
第二章 美しい洋館
第三章 引く人
第四章 桜屋
第五章 お盆の夜
第六章 見知らぬ銀座
第七章 お藤と武雄
第八章 お船行き
第九章 鰻巻き玉子
第十章 懐かしい瞳
エピローグ
■著者:桐衣朝子
■定価:1,470円(税込)
■仕様:四六判 /224ページ
■発行: 小学館
◎小学館
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